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| ■明治22年(1889年) |
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野井村と愛津村が合併して「愛野村」が生まれました。 |
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| ■明治33年(1900年) |
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初代 庄次郎 |
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諫早~愛野間を鉄道の開通するに合わせて、初代本田庄次郎が愛野に開店する。
当初は、カステーラ・煎餅・あめ玉等の菓子を製造販売する。
当時は原材料も少なく、製造は苦労の連続。ただ、菓子店も少なく庄次郎のお菓子への思いもあって、村民からも好評だった。 |
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| ■明治44年(1911年) |
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島原鉄道の本諫早~愛野間が開通した。
大正・昭和初期の頃は外国人観光客が多かった。 |
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愛野から吾妻間の乗車キップは、両駅の名前をくっつけると「愛しのわが妻」となり全国的にも有名 |
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| ■明治45年 |
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明治天皇が亡くなられたこの年、愛野町に電灯がともる。 |
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| ■大正12年(1923年) |
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店舗を愛野より有明に移転営業する。庄次郎が製造するカステーラや煎餅は有明の方々にも喜ばれる(関東大震災起こる) |
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| ■大正14年(1925年) |
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愛野は国立公園雲仙への入口(通過点)にもあたります。
(この年は、秩父宮様を奉迎する。) |
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| ■昭和13年(1938年) |
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有明より愛野駅前(本町)に店舗を移す。20数年親しまれた方々に再会する。
この年、愛野村報を発行される(2年ほど続く)。 |
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| ■昭和25年(1950年) |
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二代目 好治 |
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初代庄次郎死去。二代目好治が事業を継ぎ、先代からの技術に加え独自の技法を修得していく。
この年、愛野町に長崎県総合農林試験場愛野馬鈴薯支場が設置される。 |
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| ■昭和36年(1961年) |
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全国菓子大博覧回有功金賞受賞
日本食品衛生協会長崎県支部の食品衛生指導員となる。 |
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| ■昭和45年(1970年) |
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| ■昭和57年(1982年) |
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国道251号線沿いの売店を建て直し本店を移す。
この年、ふるさと文化まつりが開催される。 |
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| ■平成2年(1990年) |
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三代目 正治 |
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二代目好治死去
三代目正治が事業を引き継ぐ
正治は、昭和40年代より研鑽を重ね、事業の発展に力を注いだ。 |
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| 昭和40年 |
全国菓子大博覧会名誉金賞受賞 |
| 昭和44年 |
全国菓子大博覧会名誉金賞受賞 |
| 昭和48年 |
全国菓子大博覧会有功大賞受賞 |
| 昭和52年 |
全国菓子大博覧会名誉大賞受賞 |
| 昭和59年 |
全国菓子大博覧会全菓博大賞受賞 |
| 平成元年 |
全国菓子大博覧会名誉会長賞受賞 |
| 平成6年 |
全国菓子大博覧会大臣栄誉賞受賞 |
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| ■平成7年(1995年) |
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4代目を継承すべく、上京していた正が帰郷し、本田製菓舗入社する。 |
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| ■平成8年(1996年) |
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| ■平成10年(1998年) |
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入社後商品開発に努力を重ねた正が、初めての出品で全国菓子大博覧会で金賞受賞 |
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| ■平成11年(1999年) |
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チーズケーキに独自の手法を加え、「ふわっとチーズ」新発売 |
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| ■平成13年(2001年) |
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手作りにこだわった「ほんものプリン」をセットで新発売 |
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| ■平成16年(2004年) |
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愛野町特産のじゃがいもを使った「愛のじゃがいっパイ」を新発売、長崎県特産品として全国発売する。
「愛のじゃがいっパイ」新発売を機に「森の中の教会」をイメージし、店舗を全面改装する。 |
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